もはやコチラの常識を押し付ける必要は?-M4

20070427(過去日記)

自分自身は正常と信じ込んでいます。
非常識を常識と、奇行を普通と、黒を白と思い込んでいます。
よって、間違いを指摘して言い聞かせても認識・納得するわけがなく、

毎日がこの繰り返しで、こちらも溜まってきて、
言う必要のない 言ってはいけない「言葉」だと痛く感じながらも言わずにはおれなくなります。

「あんたはな認知症なんや、アルツハイマーやから言うたことも忘れるんや」(嫌味も込めてました。。)

もちろん絶対に信じないし受け入れません。そして

理不尽な言葉でプライドを傷付けられたと怒り、酷く悲しみます。

まあ、傷つけられたことも直ぐに忘れるでしょうから(これに関しては忘れてほしい…)、意味ない不要な問答です。 

彼女にとって、世の中に起こること(目に映ること)は、たとえ100回目でも 絶対に初めてです。

経験が累積しないので、その都度新鮮に喜怒哀楽を感じます。

継続的な時間の流れの中で見たら異常ですが、その瞬間 瞬間は正常です。

視点を変えてみたら彼女は普通で自然です。
 

もはや、こちらの社会の常識を無理に押し付ける必要があるのでしょうか?

彼女はこれからどこへ向かって 歩いて往くのでしょうか。

ワクワクとドキドキ希望と絶望、喜怒哀楽を交叉しながら、 

こちらは
気持ちの整理と心の準備をしながら、つていきます。

 

動ける内に墓参り。 2005年? 2月

05.02 八幡浜 05.02 八幡浜 05.02 八幡浜 05.02 八幡浜 05.02 八幡浜 05.02 八幡浜 05.02 八幡浜 05.02 八幡浜 05.02 八幡浜 05.02 八幡浜

はじめての車

最近の若者は、車にはあまり興味がないとのこと。

しかし、我々の多感な時代
男性はやはり車にのめり込んだ人が多いと思います。
女性だって、かっこいい車の助手席に乗りたかったでしょ!?
では皆さん、 『 初めて乗った車 』 なんでした?

僕は22歳でしたかね
当時はミーハー(この言葉も死語ですね)でして、誰もが乗っていた
(5代目)ファミリア 1500XG 3ドアハッチバックの赤
「マツダ323」って言ってました。

もちろん中古車ですが、当時流行のサンルーフが自慢で・・・
フェンダーミラーをドアミラーに代えて、リアに矢沢のステッカー、後部座席に矢沢のバスタオル。
ステッカーもペタペタ貼って…
あぁこれ以上は、こっぱずかしくて書けませ~ん(;^ω^)
「幸せの黄色いハンカチ」でもやたら目立ってましたね。
おそらく東洋工業の強力なバックアップがあったのでしょう。

第1回日本カー・オブ・ザ・イヤー受賞車で
サーフボードをルーフキャリアにボルトで固定させた赤いファミリアに乗る「陸(おか)サーファー」なる流行語を生むなど社会現象となりましたが アタシはしてましぇん(;^ω^)

ファミリア ファミリア ファミリア

 

瞬間の喜怒哀楽を繰り返す-M3

2007年04月27日(過去日記)
最近はアルツハイマーを代表とする認知症のドラマや映画がたくさん作られてますが、症状・経過は個人差があります。
おおかた、誰しも年齢を重ねると物忘れが酷くなっていくことに気づき不安になり、更に症状が進行していくと身近な人まで忘れていくのではないかと恐怖を感じるようになっていく・・・ と言うのが一般的なくだりですが、

うちのお袋は、もう忘れることはありません。

なぜなら記憶すらしないから。

その瞬間を認識してるだけです。

身内を忘れる訳がないと思込んでるので恐怖感なんてありません。

パソコンでいえばハードディスク(脳細胞)に一旦データ(出来事)を保存せずに いきなりメインメモリ上(目の前)だけで処理する感覚でしょう。

例えば

お袋は新聞をよく読んでます。

例えば最近多い地震の記事を読むと吃驚します。

「能登半島で大地震があったんやて、大変やー かわいそう。」

そして他の記事を読み出す。

ふとまた『能登半島に大地震』の文字が目に入る。

すると、

「能登半島で大地震があったんやて、大変やかわいそう・・・」

他の行動をとるまでこれを何度か繰り返す。

直ぐにテレビをつけると

『能登半島に大地震』のニュースをやっている、

するとまた、

「これ見てー、能登半島でおお地震があったんやて、大変や かわいそうー!」

他のチャンネルに変えてもまた、『能登半島に大地震』のニュースをやっている。

するとまたまた、

「これ見てー、能登半島でおお地震があったんやて、大変やかわいそう」

彼女の中には 『 阪神淡路大震災も オウム真理教事件も 湾岸戦争も 北朝鮮の拉致・ミサイル核問題 』 も、在りません。

楽しいことも憶えてない代わりに、悲しい事件も留まりません。

 

また、お袋は花が大好きです。

庭に咲いた花を摘んで家中に生けてます。

一つは台所のテーブルの上(目の前)にあり、それを見るたびに

「あら、これ見て、りっぱなつつじ。綺麗やなぁ どこで買って来たん?」

そしてご飯を食べ出し、また目に入ったら

「あら、これ見て、りっぱなつつじ。綺麗やなぁ どこで買って来たん?」

飯が終わるまでに10回は繰り返します。

綺麗(よろこび)を何度も感じることができます。

得なこともあるのです・・・

これは、彼女を見てる方も同じです。

05.01.03 万博公園

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05.09.17 万博公園

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 06.05.03万博公園

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昔の車は個性的でした

若い頃は、車にひかれました。

車に「ひかれた」といっても
「轢かれた」わけではありません。
もちろん「魅かれた」んですけど(;^ω^)

男子は、まずそのスタイル、ボデイラインに惚れます。
今はメーカーが違っても、同じようなデザインですが
昭和40年代~50年代は個性的だったと思います。

フェアレディZは、日産を・・・いや日本を代表するスポーツカーの象徴的存在でした。

 

 

 

特にギャランGTOの完成されたフォルムには今見ても飽きが来ずにほんとウットリします。
2ドアハードトップクーペでした。
テールランプのラインなんか・・・
後ろからそっと抱きしめたいくらいです(笑)

 

 

 

 

 

いすゞ117クーペはフロント部分ですね~。

通好みというか、燻し銀の存在感がありました。

 

 

スカイライン
特に、4代目 1972年の
「ケンメリ」から4灯式丸型テールランプが採用されました。
ジェット機の噴射口をイメージした意匠にまとめられています。
レース仕様の「GT」系は 『スカG』 とか言って、
スタイリング・ドライビングとも憧れの車でした。
結局乗れなかったけど・・・

 

 

 

 

 

 

コスモスポーツは、世界初の実用量産ロータリーエンジン搭載車でした。
「帰ってきたウルトラマン」のマットMATで使われてましたよね~グッド(上向き矢印)