もはやコチラの常識を押し付ける必要は?-M4

20070427(過去日記)

自分自身は正常と信じ込んでいます。
非常識を常識と、奇行を普通と、黒を白と思い込んでいます。
よって、間違いを指摘して言い聞かせても認識・納得するわけがなく、

毎日がこの繰り返しで、こちらも溜まってきて、
言う必要のない 言ってはいけない「言葉」だと痛く感じながらも言わずにはおれなくなります。

「あんたはな認知症なんや、アルツハイマーやから言うたことも忘れるんや」(嫌味も込めてました。。)

もちろん絶対に信じないし受け入れません。そして

理不尽な言葉でプライドを傷付けられたと怒り、酷く悲しみます。

まあ、傷つけられたことも直ぐに忘れるでしょうから(これに関しては忘れてほしい…)、意味ない不要な問答です。 

彼女にとって、世の中に起こること(目に映ること)は、たとえ100回目でも 絶対に初めてです。

経験が累積しないので、その都度新鮮に喜怒哀楽を感じます。

継続的な時間の流れの中で見たら異常ですが、その瞬間 瞬間は正常です。

視点を変えてみたら彼女は普通で自然です。
 

もはや、こちらの社会の常識を無理に押し付ける必要があるのでしょうか?

彼女はこれからどこへ向かって 歩いて往くのでしょうか。

ワクワクとドキドキ希望と絶望、喜怒哀楽を交叉しながら、 

こちらは
気持ちの整理と心の準備をしながら、つていきます。

 

動ける内に墓参り。 2005年? 2月

05.02 八幡浜 05.02 八幡浜 05.02 八幡浜 05.02 八幡浜 05.02 八幡浜 05.02 八幡浜 05.02 八幡浜 05.02 八幡浜 05.02 八幡浜 05.02 八幡浜

瞬間の喜怒哀楽を繰り返す-M3

2007年04月27日(過去日記)
最近はアルツハイマーを代表とする認知症のドラマや映画がたくさん作られてますが、症状・経過は個人差があります。
おおかた、誰しも年齢を重ねると物忘れが酷くなっていくことに気づき不安になり、更に症状が進行していくと身近な人まで忘れていくのではないかと恐怖を感じるようになっていく・・・ と言うのが一般的なくだりですが、

うちのお袋は、もう忘れることはありません。

なぜなら記憶すらしないから。

その瞬間を認識してるだけです。

身内を忘れる訳がないと思込んでるので恐怖感なんてありません。

パソコンでいえばハードディスク(脳細胞)に一旦データ(出来事)を保存せずに いきなりメインメモリ上(目の前)だけで処理する感覚でしょう。

例えば

お袋は新聞をよく読んでます。

例えば最近多い地震の記事を読むと吃驚します。

「能登半島で大地震があったんやて、大変やー かわいそう。」

そして他の記事を読み出す。

ふとまた『能登半島に大地震』の文字が目に入る。

すると、

「能登半島で大地震があったんやて、大変やかわいそう・・・」

他の行動をとるまでこれを何度か繰り返す。

直ぐにテレビをつけると

『能登半島に大地震』のニュースをやっている、

するとまた、

「これ見てー、能登半島でおお地震があったんやて、大変や かわいそうー!」

他のチャンネルに変えてもまた、『能登半島に大地震』のニュースをやっている。

するとまたまた、

「これ見てー、能登半島でおお地震があったんやて、大変やかわいそう」

彼女の中には 『 阪神淡路大震災も オウム真理教事件も 湾岸戦争も 北朝鮮の拉致・ミサイル核問題 』 も、在りません。

楽しいことも憶えてない代わりに、悲しい事件も留まりません。

 

また、お袋は花が大好きです。

庭に咲いた花を摘んで家中に生けてます。

一つは台所のテーブルの上(目の前)にあり、それを見るたびに

「あら、これ見て、りっぱなつつじ。綺麗やなぁ どこで買って来たん?」

そしてご飯を食べ出し、また目に入ったら

「あら、これ見て、りっぱなつつじ。綺麗やなぁ どこで買って来たん?」

飯が終わるまでに10回は繰り返します。

綺麗(よろこび)を何度も感じることができます。

得なこともあるのです・・・

これは、彼女を見てる方も同じです。

05.01.03 万博公園

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05.09.17 万博公園

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 06.05.03万博公園

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回転行列3Dの座標軸でネジったベクトルの行方-M2

2007年04月27日part1(過去日記)

さてさて、月日は巡って、私は止まって いる間に
お袋は、リッパに要介護 4 に認定して頂きました。 パンパカ パン…………

彼女は脳細胞に血液があまり廻ってないとのことで
日々 赤子に向かってスクスク成長過程にいます。

現在は小学校の 通学迷路 をウロウロしてるようです。

彼女の日々の非常識な発言と奇行には 未だ慣れず途方に暮れますが、また笑えるネタも。

突拍子もない一流のボケをかます時はいきなり花月の舞台でも立てそうで、
きつく突っ込んでから、 手の平のネタ張にφ(..) メモメモ です。

1年前はこれらの認知ネタを時系列で日記にビュンビュン廻そうと思ってましが
哀しさの方が大きくて、なかなかその気になれず。

同じような身近に年取った赤ん坊と暮らしてる方々が、

「あぁ、うちでもそんなこと 捏造!あるある大辞典 ! 」っと共感してもらえばいいかなぁと思ってましたが。。。 自病のめんどくさい症候群で・・・

こうなりゃもう順序もヘッタクレもなく思いつくまま並べていこうと思います。(これから回復に向かうことはないのですから)

2006.12.08 姉妹が来てくれた時はまだ認識してました
06.12.08 鎌田姉妹
06.12.08 鎌田姉妹

2007.07.20 また兄弟姉妹が来てくれた時は、兄弟姉妹も分からなくなってました
07.07.20 鎌田家会食
07.07.20 鎌田家会食
07.07.20 鎌田家会食

前回(7ヶ月前)書いた1ヵ月後に “ 衝撃の事実発覚!
次回の日記にご期待  ☆しないように( ´∀` )

追記
「笑う」「哂う」「咲う」どの(ワラウ)を使ったらいいのか迷いますが

意味はこれかな
●しまりがなくなり,十分に働かなくなる。しっかりとしなくなる。
「長い下り坂で膝が-・ってしまった」

●つぼみが開く,花が咲く。
「花が-・い,鳥が歌う」

●果実が熟して割れ目ができる。
「栗のいがが-・う」

●縫い目がほころびる。
「肩の縫目の-ひ」

痴呆ネタ載せ)ビュンビュン廻る回転寿司-M1

2006年07月27日 (過去日記)

両親は高齢の粋。
特にお袋はアルツハイマー。
日々シナプスも脳も萎縮して逝ってる。

1年前から週1回は家族3人で外食するようにしてる。
最近は手っ取り早く回転寿司によく行く。

回転すしの仕組みを忘れてしまったお袋はそこでも笑わせてくれる。

まず、回転している寿司に直接箸を出して食べようとする。
状況判断ができないから、欲しいと思ったら なにも考えずにすっと手が出る。

年寄りにとっては速度が速すぎて捕まえることは至難の業で
よく視とかなくてはえらい事になる。

自分の好きなネタは分かるみたいで
「アレ取って」と言ったら取ってやる。

それを半分くらい食べて、、、
同じネタが再び1周して廻ってくると
また「アレ取って」と言う。

自分が食べてることを忘れている。

「ほれ、まだココにあるやん」
指差すと

「あら、ほんま・・・」ってな具合

笑えるナ。

好きそうなのを選んで取ってやってるのに、
食べだして直ぐに
「今日は調子が悪い、もう要らん、残したいのよ、これあげる、あんた食べて、  」
最近は、いつも眉間に皺寄せて喉が痛そう。

(既にこの頃から胃癌も進行してたのだ・・・)

だから食べれるわけないのに、こっちは栄養を付けさせようと、嫌がるのに無理やり食わせてた・・・

味が分からなくなってるようで
「この店マズイ、もう2度と来ん !!!」
とくる。。。。。

うちのお袋は他人を貶す言葉は決して吐かなかったのに

だんだん子供に近づいてきた。

そのくせソフトクリームやおはぎが廻ってくると
「アレ取って」

・・・・    笑えるナ。

 

大好きな甘いもの、ソフトクリームやおはぎを食べる時に初めて函館市場にて
実に自然ないい笑顔で、

「これ甘くて美味しい」
という。

その時 これが幸せなんだなと。。。

両親とも四国の小さな港町で育ったので、魚関係は詳し かった。
しかし今では、タコとイカ、鰻と穴子も区別がつかない。

肉でも、豚・鶏・牛の違いが外見からも 食べても分からない。

昔出来た事が出来なくなるばかりではなく、一般常識までも分からなくなる。
あるいは覆すことも平気で、非常識が常識に。

もー、 ワテ よ~ゆわんワ!

 

函館市場にて・・・ (06.06~07.02) 変貌

函館市場にて函館市場にて函館市場にて函館市場にて